2005年10月01日

朝比奈さん

朝比奈さんが死んじゃいました。
昨日突然、Nから電話を貰った。
Nが電話の向こうで声をころして泣いている。

しばらく声が出なかった。

10年ほど前、のどにガンができて手術した。
お前にももう合えないかも知れないと、入院する前の日に僕のところに来た。
そんなこと言うなと、僕は言いながら涙が出て困った。

手術はうまくいって、朝比奈さんは前と変わらぬ感じで現場に帰ってきた。
声が出なくなっていた。

弟の金ちゃんと二人で、どんな現場にも文句ひとつ言わないで行ってくれた。
無理なことばかり頼んだ。

群発地震の伊豆、山梨の現場、、、みんな泊りがけだった。
ずいぶんと不自由させた。

お前が行けというならどこでも行くよ、と言ってくれたのを幸い、その言葉に甘えた。元々無口な人だったから何も喋らなくなってからも、あまり変化は感じなかった。
にこにこはしていなかったけれど、いつも目が微笑んでいた。
今考えると仏さんのようだった。

たまに差し入れを持って行って、宿舎で酒を飲んだ。話が弾むわけじゃないけど、安心できた。

駆け出しの、だめな僕達を支えてくれた人。僕もNも泥水を飲むような想いをしてきたけど、本当に信頼できる、最後のよりどころのような存在として朝比奈さんは居た。

菊池を離れて会う機会がなくなってからも、Nに会うと朝比奈さんどうしてるという話がいつも出た。

菊池の仕事がなくなったら、僕の所に来てもらって。住むところが無いんだったら、アトリエの2階に住んでもらってもいいか。なんて考えたこともあった。

ガンで死ぬ、と言って来た時、今死んじゃったら、楽しいことなんかひとつも無いじゃないか、って僕は泣いたんだ。それは今でも変わらない。

そんなことねえよって、あんたは笑っていたけど。
浅はかな僕が、知る由も無い人生の喜びを、朝比奈さんは知っていたんだろう。

菊池安治の最後の弟子。
菊池が東京へ出ての成功を、底辺で支えた功労者。
菊池のものづくりの精神を、最後まで支え続けた職人のなかの職人。

今日、朝比奈さんの通夜です。

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