2012年08月20日

雨中有楽 上海の朝

筍贈錬





島の領有権のことであれこれ言われているときに夜の上海で飲んだ。

日本通の上海の友人は、このことについて聞かれて何と答えていいか困っているという。



近代から現代に至る世界史は、ヨーロッパ人による海を越えた侵略の歴史だったと言っていいと思う。

国際法という法律はそういう中で出来上がってきたもので、

それ以前は、いやそれ以後も一部では、強い武力を持った国が、弱い国を侵略
することは、やりたい放題だった。

もともとはどこの国ものだ、と言い始めたら、「もともと」の基準をどこに置くかで解釈は無限に広がっていく。

言ってみれば、アメリカはインディアンから奪い取った土地の上に成立しているし、
オーストラリアだってそうだ。

いまの世界地図を分ける国境線は、近代になって、近代国家と言われる国々が勝手にひいたに過ぎない。

もっと前はこうだった。

いやもっと前はこうだった。

じゃあ、もっともっともっと前は、

国境なんか無かったんじゃあないか。


上海の友人と話した。

日本人は古来中国から多くの、いやほとんどの文化を学んだ。

日本人は中国の故事が大好きで、ことわざなんかの語源はほとんど中国からきている。

国づくりを、まちづくりを、政治を学び、漢字を学び、漢詩を学び、

史記を読み、三国志を読み、中国に思いを馳せた。

鑑真は海を越えて唐招提寺に祭られているし、

私の修行しているいけばなは、中国の袁中朗宏道が書いた瓶史に源がある。

古くから日本人は中国の事はたいへん尊敬してきたんだよと。



現代のこのときだけの現象を見るんじゃなく、大きな広い視野で物事を見ないといけない。


中国人も日本人もお互いナショナリズムをかき立てられるような状況ではあるけれど冷静にね。


朝

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