2012年08月22日

雨中有楽 原子力のこと

原子力基本法が改定されて、「国の安全保障に資する」という文言が入ったそうだ。


核開発が、核武装と密接にかかわりを持つことは、誰もが知っている。

だから北朝鮮には核開発をやらせないと周りの国々が言っている。


リビアのカダフィ-大佐は2011年の8月、NATO軍の空爆を受けて、事実上政権が崩壊した。

その時に、北朝鮮の高官が「カダフィ−は核兵器を手放したから、NATO軍からやすやすと空爆されたんだ」と言った、という新聞報道があった。

北朝鮮はだからやすやすと核兵器を手放さないだろう。



日本の核開発の根底には、静かにそして確実に、核を手元に置いておきたいという意思が見える。

それがついに言葉として原子力基本法と言う法律の中に浮かび出た。



今、この国は、領土問題で隣国からナショナリズムを煽られるような状況にある。

中国も韓国も歴史的に、日本人の国粋的気概を十分に知っていながら、

それを煽るようなことは決して得策ではないと思う。

どんな内政事情があるにせよ、日本人のナショナリズムをいたずらに煽ることは、日本人としてしてほしくないと思う。




日本人は、震災の後、日本の国のこと、日本人であるということについて深く見つめている。

戦後こういう気分に国民がなったのは初めてかもしれない。

自衛隊の働きを称賛し、自らの命を顧みず行動した消防士たちの行動に涙し、

自分たちも国のために何かしなくてはと、多くの人たちが思っているこの時に、

領土問題が顕在化する。



隣国から領土を侵害されている。

もっと軍事力を。

なんて考えは当然出てくる。



憲法で言う戦争の放棄は、人類の英知であることに間違いはない。

でも世界史は、弱肉強食の人類の野生のような歴史だといっていいし、

戦争が放棄された世界を誰も見たことがない。



そういうことも、日本人ならだれもが知っている。

そして、自らの日本人としての国粋の気分にも誰もが気づいている。

多くの人たちが戸惑いを見せているように思う。



原子力発電は、どうやら無くても何とかやっていけるだろうという結論が出そうだ。

これまで日本は湯水のごとく電力を消費していたらしい。

電気を節約して暮らすことは、自然のためにも、地球のためにも、子供たちの未来のためにも必要不可欠のことなんだというライフスタイルが確立する気配がある。



原発はいらないという世論が大勢を占める可能性があるときに、

隣国からの領土的圧力は、その結論を意外な方向に持って行ってしまいかねない。



竹島、尖閣諸島問題は、原子力政策にも影響を与える可能性を感じるのです。



宇宙飛行士が宇宙から地球を見るとどこにも国境線など見えないと言ったという。

これも人類の英知がうかがえる言葉です。




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