2013年07月11日

雨中有楽 地下水の行方

原発の元所長吉田氏が亡くなったという報道に接して、

人間の寿命、生命力と言うものをあらためて考えさせられた。

吉田さんは原発事故の現場で、自らの生命力を使い果たしてしまったのではなかろうか。

日露戦争の陸軍の児玉源太郎も、海軍の参謀秋山実之も戦後早々に無くなっていることを、

司馬遼太郎がそんな風に表現していたことが印象に残っているものだから、

吉田さんもきっとそうだったのだろうと私は思ってしまう。

命の炎を、その一時期に尽きるほど燃やしてしまう出来事に遭遇した人間は、

こんなふうに亡くなってしまうのだろうか。あまりに若く。

心からお悔み申し上げます。

ところで福島では、地下水の汚染があまりに高濃度でまた物議をかもしているが、

地下水が海に流れ込んでいるなんてことは、これは誰でも想像できることで、

その事に確証がないなんて言って、とぼけようとしている連中は、

明らかに現実逃避で、恐ろしいから考えないようにしているとしか思えない。

恐ろしい事です。

原発を冷やしている高濃度の汚染水は、もう誰が考えても海に流れ込んでいる。

東電も、国も、報道までも、それは恐ろしくてまともに口に出せないだけなんじゃないか。

なんてことだろう。

こんな状態であるのに、国は原発を止めようとせず、輸出しようとさえしてる。

もうみんな、今の経済最優先で、

今が良ければ人類の未来なんかはどうでもいいというような考えに、みんななってしまったんだろうか。

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