2015年03月06日

雨中有楽 鈴木直衛兄

石積み













昨日、3月5日は鈴木直衛さんの命日だった。

あっという間に一年がたってしまった。

沼津に車をとばす。

そう言えば最近鈴木さんの話をよくしたなあと思いながら。

三四日前にも地持院の和尚さんともしたばっかり。

和尚さん、人間ってどこへ行ってしまうんでしょう?なんて感傷的な質問をしたりしてね、酒飲んで。

あの精神、あの迫力、あの思いやり、あの怖さ、あの優しさ、あの積み上げた技量、あの美意識、あの感性、あの見識、あの存在感、、、、

一人の人間が長年積み上げてきたもろもろの目に見えない何もかもが、その人の死によって消えてなくなってしまうこの喪失感をどう表現したらいいんだろう。

鈴木さんがいなくなって一年が過ぎてますますその喪失感が大きくなっている自分を感じる。



茶室













表のあえてでこぼこにしてある駐車場に車を乗り入れるとすぐに鈴木直衛さんを感じる。

ああここにいるよな。

大きな石積みに囲まれて鈴木直衛さんを感じる。

あの頃の一緒に過ごした日々を思う。

坂をのぼっていくと、桜が咲いて、梅が咲いて、

ああ3月5日というこの日は、花がきれいに咲いていたんだなあと思う。

去年も同じように咲いていたに違いないが、一年前に花が咲いていたような記憶は無い。

玄関の戸を開けて奥さんの顔を見た途端もう涙が出た。



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