2006年05月08日

深い軒

深い軒

連休があわただしく過ぎ去って、5月もすぐ半ばになろうとしている。
梅雨も真近。

こんな深い軒の家に住んだら、梅雨時も楽しく過ごせるに違いない。
雨の日にも窓を一杯に開け放って、雨音を聞きながら、ひんやりとした湿った空気が入ってくるのを気持ちよく受け止める。
そんな暮らしが日本人には良く似合う。

肩肘張らなくたって、声高に語らなくたって、ゆったりと静かにこの国の気候を楽しんで暮そう。

いつかみんなが気づいてくれるよ。

今日は霧雨のような雨が終日降っていた。  

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2006年04月29日

森のすみかの意志あるかたち

意志のあるかたち1

意志あるかたちを追い求めている。
そこに美が宿るような。

雨楽な家を作った時に、明確に持っていたかたちにたいする意志。
それは特殊なものでなく、日本の家としては当たり前の姿かたち。

本庄工業の一本筋の通った建築は見ていて気持ちがいい。

同じ想いで家造りに取り組んでいる人たちが居る事。
励みになります。
勇気がわいて来ます。

意志のあるかたち2





今夜も意志あるかたちを現実の住まいにいかに表現するか、一人取り組んでいます。
でも一人じゃないか。  
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2006年04月27日

森のすみか 遺志を引き継ぐ

清水邸1

本庄工業の森のすみかでお会いしてから4年の月日が経った。
1年半ほど前にだんなさんを亡くし、家造りはどうなるのだろうと思っていたが、奥さんがだんなさんの遺志をついで建築を進めた。

引渡しのあとだんなさんの残したスケッチを皆で車座になって眺めた。
どんなにかこの日を待ち望んでいた事か。
奥さんの目が真っ赤だった。

建築は意志を形にする事だ。
遺志をつないで行くことだ。


清水邸2清水邸3  
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2006年04月23日

新潟の木で

高橋邸4.21の1

震災のあった新潟十日町から大磯に。
Tさんの家は地震に強いと言うのが一つのテーマだ。
大きな吹き抜けが決して平面的強度不足にならないよう十分な注意がはらわれている。
苗場加工の石沢さんはおそらくプレカットの技術者として日本一かもしれない。
全国のあちこちでプレカットの打ち合わせをしたが、図面から私の意図する構造概念を読み取った人はこの人だけだった。
こういう人がいるプレカット工場なら平面図だけ渡して構造図はお任せすると言う事ができるだろうが、そんな工場は他に存在しないし、設計者は構造を含めて計画できなければ建築設計をしてはならないと私は思う。
材の組み方、つなぐ位置、ボルトのさし方隠しかたなど打ち合わせをしていて小気味いい。
木造軸組構法の強く美しい架構のあり方をきちんと知っている人と仕事が出来て私も勉強になりました。

強いから美しい。
力学だけでは過剰と思える材の使い方も、実は大きな訳がある。  
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2006年04月22日

地震の朝

伊東の海

21日の未明伊東市を震源とした地震があった。
2時50分私はベッドの中で目を覚ましていたので、あれ少し揺れたなと思った。
またどこかで地震だな。

起きてテレビのスイッチを入れた。
あ、伊東が震源だ。
伊東市で11階に住むKさんを思った。
古いマンション揺れたに違いない。
電話しようかと思ったが夜中だからやめた。

女房も起きていて一緒に地震のニュースを見た。
犬がほえたのでどうしたかと思って外へ出た。
空を見上げて驚いた。

月夜に一面の地震雲がかかっていた。
富士山の方角から御前崎の方に向かって、夜空にくっきりと幾本かのやや太い雲が、放射状の筋になってかかっている。
女房を呼んで二人で地震雲を見上げた。
気持ち悪かった。
大きな地震が来るのだろうか。
持っていた携帯で写真を撮ってみたが写っていなかった。

朝7時になってからKさんに電話した。
いやあ、しっちゃかめっちゃかですと言うが、たいした事は無いらしい。
大磯に行くついでに午前中によりますと言って電話を切った。

20年近く前に伊東で群発地震があって、海岸真近の海で海底爆発があって大騒ぎをしたが、その時はKさんは新築間もないときで、奥さんと二人横浜のホテルにしばらく避難した。

今度もマンションに引っ越したばかりなのに、なんだか地震が付きまとうね。

伊東の海は相変わらずきれいで、この海の底に地震のエネルギーが眠っていて、絶えず地面をゆすっているなんて考えられない。

だいぶ揺れたようで、中国の作家の花瓶の口が割れていた。壁に掛けた絵がみんな斜めになっている。観葉植物が出窓から落ちて割れている。壁の時計は全て斜めになっている。

食器棚が少し動いていた。突っ張り棒で固定していなかったら間違いなく倒れていただろう。対策しておいてよかったですねと話をしながら少しづつ直す。

Kさん少し放心状態。
また少しの間非難しようかと言う。

いやあ、いろんなことが起きますねえと言って二人で笑った。
人生は、Kさんに静かな余生をおくらせない気なのだろうか。

明日家政婦さんが来るから片付けはいいよと言う。

じゃあこれだけと、ブロンズが転ぶといけないからと、雑誌を下にひいてみんな寝かして、今日はこれから建前ですと言ってKさんのマンションを後にした。

思えば、今日の建前のお施主さんは、新潟の十日町の人。2年前の地震がなければめぐり合えなかった人だ。

不思議な巡り会わせだなあと思う。


  
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2006年04月15日

千年の大木

大木1

土地を見に行って、周りを眺めていたらこんもりとした森が目についた。
神社があるのだろうと、車のドアをロックしてカメラをぶら下げて少し歩いてみる事にする。

近づいて見ると森に見えたのは一本の大木だった。
立て看板がある。樹齢千年の樟(くす)の木。
神社のご神木になっている。

うなった。圧倒的な存在感。
近くで見上げると大きくはった枝と葉っぱで空が見えない。

すごいなあ。すごいなあ。といいながら22メートルもあるという根廻りを一回りした。

大木2


こうやって土地の廻りをぶらぶら歩いて、何か見つけては喜ぶ。
イメージがわいてくる。

家造りの楽しみってこんな風にスタートするのです。

かつて、土地も見ないでたくさんの家の設計をした事がある。
こんな事をしていてはだめだと思ったからやめた。

その土地に立って、周辺を歩いて行き会った人に挨拶を交わしたりしながら、湧き上がって来るイメージを大切にしたい。

ここに住む人と同じようにこの土地を好きになれたら、きっといい家が設計できるのだと思う。

千年のくすのきと話した。ここはいい所だねと。  
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2006年03月14日

山本さんの蔵

山本蔵1





山本さんの蔵が命を吹き返す。
春の青空にすっくと立つ姿はなかなかいい。

山本蔵2山本蔵3





桧の浴槽はいい香りを蔵の中に振りまく。
大きなガラス戸は春の光をいっぱい招き入れてくれる。

山本蔵4山本蔵5





そして2階のこの空間。
こういう空間に魅せられる人は少なくはないでしょう。
山本さんも、そして私もその一人です。  
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2006年03月03日

蔵の再生

雨楽 蔵の再生

蔵の再生工事がやっと終わろうとしている。

トタン張りのただの小屋にしか見えなかったこの建物は、小さいながらも堂々とした建築物として蘇った。
木造建築に携わっていて良かったと心から思う。

僕のうまれるずっと前に建てられたこの蔵は、僕がこの世から居なくなってから後もここに建ち続けることだろう。

お施主のYさんもたぶん同じ事を思っていると思う。

人間は、人間の生死のサイクルよりもずっと長いものを作ることができる。

ささやかながら、生きた証。

都庁がガタガタだそうだ。
「完成わずか15年 ひび割れ、雨漏り。
傷む都庁舎改修困った。
東京の未来に負の遺産。」

やっぱりと思った人は多いでしょうね。

私は静岡県に住んでいるが、駿府会館も旧清水市庁舎も20年ぐらいで老朽化して解体された。
前東京都庁舎もそうだった。
今回も同じです。同じ建築家の建物。

公共の建築物が、たったの20年ぐらいしか持たないということを許していいものか。

この建築家は自分の生きている間に、自分の作品が片っ端から壊されていくのをどのような思いで見ていたのか。

木造建築に携わっていて本当に良かったと思う。
こういう仕事をさせてくれたYさんに感謝します。

はやく桧の風呂に入りたいね、Yさん。  
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2006年02月19日

京都15000歩

南禅寺界隈1

これは南禅寺界隈の民家のアプローチ。
宝厳院の写真ではありません。


天龍寺塔頭宝厳院は、湯豆腐の嵯峨野の向かいに在る。

宝厳院の庭と建物には驚いた。
ここはお寺ではないですよね、とKさんに言うと怪訝な顔をした。

数奇屋の庭に数奇屋の建物、かやぶきの表門と裏門。
京都でしかお目にかかれない数寄の住まい。
宝厳院は3000坪の庭と建物を買い取り再興されたと言う。
室町から続く庭園と数奇屋の建物は見ごたえがありました。

ここがKさん夫妻の菩提寺となる。

墓参りに来て、嵯峨野で湯豆腐食って一杯やるのも良いですねと、Kさんと笑った。

夜は先斗町の狭い路地を歩いて、適当な店にぶらりと入って、Kさん夫妻のお墓が決まった事を祝って杯をあげた。

次の日南禅寺界隈を二人で歩いた。

犬
邸宅の門にはほとんど例外なくこの「犬」のシールが張られていて、うちにもこのシール貼りたいね、などとつまらない事言いながらうろうろ歩いた。
欲しけりゃ俺が描く、とKさんは言うくせに一枚とって来いよなどとも言う。
このシール、だいたいどこもぴらぴらと剥がれそうになっている。


メートル器





電気のメートル機だって無粋に露出されてはいない。


塀の照明





塀の照明だって、これは詰め打ちの有楽窓ではないか。
金と知性と教養と美意識とを手にした人達が、ここには住んでいるのだろうか。

そういうものにはあまり縁のない人間が、15000歩も歩いたのでした。

5日分ぐらい歩いたとKさんは言った。
あれから連絡してないが、大丈夫かな。

  
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2006年02月18日

また京都へ

永観堂1

永観堂へ。

匠の技見せられてため息をつく。

永観堂の「見返り阿弥陀」には、はっとさせられた。
あんなに動きのある仏さんははじめて見た。

後ろを気にする仏さん。
いいですよ。

永観堂  
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2006年02月13日

植冶の家をのぞく

植次の家

植冶(小川冶兵衛)の居宅跡。
電柱によじ登って何とか中を見ようとする植木屋の若者。

ぞろぞろと街中をあちこち覗きながら歩く集団は異様だったに違いない。

普通の人の普通の家が、なんでもない日常の庭の中に、路地の中に、はっとさせるものがある。

京都の街の奥深さ。

人の心を豊かにさせるものは何か。
人の心をなごませるものは何か。
気遣いとは何か。

京都の街を歩きながらいろいろな事を考える。

雨楽とは何か。
京都の路地植冶の家






路地1路地2  
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2006年01月21日

中村さん

d17c492e.jpg静岡の中村さんのお宅におじゃました。
新潟からのお客さん、フラワーホームの藤田さんをご案内したのです。

アプローチから玄関にかけては打ち水、手水鉢からは清水があふれ、いつもきちんと迎えてくれます。
こういう心配りをしていただくと、本当に中村さんのお宅の仕事させていただいてよかったなあと思います。

温かい日差しが差し込む広々したリビング。趣味のいい調度品と家具。
美味しい紅茶。
奥さんがいらしゃると、手作りのお菓子が戴けたりするのだけれど御不在でした。残念。

昨年の6月からお住まいになって、この夏エアコンは使わなかったと、やっぱりおっしゃっていました。
深い軒と風の道。日本の家は風がなくても空気がうごく。

20年前にお父さんが数奇屋の家を建てられて、そのとき残った尾州桧の柱を76本頂いて造ったこの家は、雨楽な家の現代数寄屋といって良いと思う。
雨楽な家は、数奇屋建築まで繋がっているのだという事を、実証出来た家として記念すべき家です。

私の作品の、一つのターニングポイントになる家なのだろうなあと感じている。
菊池の数奇屋のじゅばくを離れた、雨楽な数奇屋がここに出来ている。
この流れは、遠く新潟の間野さん家で新たな展開を始めている。

中村さんの家のすぐ近くに、三津山さんの家があり、時間があったのでちょっと寄らせていただいた。

私が菊池建設時代に、漆喰の家の第一号として建てさせていただいた、これも記念すべき家。
杉の柱に杉の床。いい感じになっています。

今年で9年目になると言われてああもうそんなに経つんだと、ちっとも変わらない三津山さんの笑顔を見ながら、私の青の家に奥さんと見学に来られたときの真剣な顔を思い出した。
私の仕事の良き理解者。

偶然ですが、一つの転機になる家が、こうしてほんとに近くに建っていることの不思議と、何かの縁を感じる。


「まちや」という新たなコンセプトの展開をはじめた。
その地元での第一号となる、若駒さんというおすし屋さんのご自宅の基本設計が今日まとまった。
由比町の和田製材とのコラボレーションです。
施工は蒲原町の佐野工務店。

「諸戸の町家」はもうすでに昨年からモデルハウスもオープンして、上岡さんが桑名で展開を始めている。

雨楽シリーズ第二章始まっています。

いつでも見学に来てください。

  
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2006年01月18日

1月17日に寄せて

今日は特別な日です。
11年前の明け方に起きた阪神淡路大地震。

被害の報道は時間を追うごとに大きくなり、昼過ぎには信じられないような大災害が報じられるようになっていた。

現代の日本の建物が、地震によってもろくも倒れるなどということは、思いもよらないことだった。
多くの建築技術者がそう思っていたに違いない。
この日は日本の建築の耐震神話が崩れた日として、何時までも記憶される日となった。

以来、木造の現場は、この日を境に格段の金物補強がなされるようになった。
建物は構造用合板で固められ、柔軟性を失い、結果的に、ホールダウン金物で基礎に柱を縛り付けなければ、安心できないような建物になった。
いわく地震力によって柱が引き抜かれると。

それはそれで結構ですが、私は新潟でホールダウン金物がちぎれた例を知っている。
じゃあもっと太い金物が必要なのか。

地震には常に想定外ということが起こる。
想定外まで想定して家を立てる必要があるのか、ないのか。
議論は尽きない。

地震力に真っ向勝負して勝てるのか?
耐震建築には限界があるということに、何で皆素直に向き合おうとしないのか。

免震建築は住宅において本当に有用なのか?
役に立つか立たないか判らない機能が本当に必要なのか。
確率を考えると、今建てられている免震住宅のほとんどが、その機能を十分に発揮しないまま耐用年数を迎えるだろう。

不安をあおるような報道がなされて、100%安全でなければ安心できないような雰囲気が作られているが、
100%安全が確認できなければ、本当に危険なのか。

誤解を承知で言ってみれば、100%安全でないからといって過剰に心配する必要はない。世の中には100%はあり得ない。

建築屋にあるまじき言動だと言われるかもしれないが、
大地震が来て建物に多少の被害があっても、中の人間が怪我したり、死なないような工夫がしてあれば、それで十分じゃないかと、私は思う。

このような、伝統工法に連綿として受け継がれてきた免震的考え方を、現代の木造住宅に生かす方法を私は実用化している。

大地震が起きて、ごくごく一部の、建物が倒壊するような激しい想定外の地震力が作用する場所に、たまたま家が建っていたときに、建物が倒壊を免れるために、わずかに水平移動出来るように施工しておく。
簡単な理屈で、しかし効果は絶大です。

でもそれだって、震度6近い激しい揺れに見舞われて、初めて有効に作用するのであって、建物が建っている間に何度か地震にあったとしても、無駄に終わるのかもしれないのです。
無駄に終わったほうがいいのですが。
だからこういうものは、安価にシンプルな考え方で対処する必要があると、私は思うのです。


耐震免震の議論が先行し、建物の金物補強の有無が強調されて現在に至っているが、もっと本質的な、構造の計画そのものが本来一番大切なのだということが、なおざりにされているのは大きな問題だ。

マンションの耐震強度偽造問題でコンサルタントの会社が、構造屋によって建物のコストがずいぶん変わるという意味のことを、建設会社に指導し、それが計算書偽造につながったかのような報道がなされている。
ある意味それは真実で、計算書を作成する前の、鉄筋を抜くとか抜かないとかの前の、建築構造に関わる重要な意味合いが内包されている。

構造はセンスだと、この世界に入ったときに私は教えられた。
私の師匠の横崎健氏は、静岡在住の建築構造の大家だ。
建築のセンスの良し悪しは意匠だけの問題ではない。構造にも言えるのだ。
構造のセンスが無い人間がデザインした構造は、美しくないし、金がかかって、おまけに弱い。

私が木造をデザインするときに、構造の美を常に口にするのはこのような訳がある。無理無駄の無い、バランスの良い美しい構造は、強いし、結果的に安価にできる。

しかしこれは計算書を作成する以前の問題で、アネハにはどうにも出来ない事柄だったのです。

建築の強度においては、実はこの構造計画が最も重要なのです。

耐震、免震、金物補強の前に、構造計画そのものがいかに大切であるかが、もっと強調されなければならないはずなのです。

木造をデザインしている人達にこの認識がどれほどあるか。
いくら耐力壁をたくさん入れたって、構造的に力の軸線から外れていたら少しも効果は無いのです。

でもこの建築構造に関わる最も重要な事柄は、誰もチェックしていないのが事実。
設計者の判断に全て任されているのが現状です。

ヒューザーのように確認申請のチェックをしっかりしろと、私は言う気は無い。
これは建築設計者の力量の問題だ。

木造は学校ではほとんど教えられていない。
現場に出れば、木造は何でもありで、梁の大きい小さいで構造は片付けられていて、木構造そのものを大局的に語る人がいない。

これも大きな問題だが、大局的に語る人がいないのなら、民家を見て学べばいい。
民家は木構造のあり方を雄弁に語ってくれる。

木造在来工法の現場にいて、11年前の今日を思い出し、木構造の現状を憂う。
木構造は本当に正しい方向に向かっているのだろうか。

建築において、構造計画がもっとも大切だということを、多くの人達に認識してもらいたいと思う。
その前提の下に、初めてよいデザインが生きてくる。

構造と、間取りと、開口部と、デザインを、同時に考えて造っていく雨楽な家が、たくさん建てられていくことの意義を、今日改めて認識しています。

                   2006、1月17日 青の家にて
                蠎禹碍築事務所 代表 若山誠治
  
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2005年12月27日

山本さんちの蔵

蔵1

山本さんの蔵が少しずつ出来てきた。

工事を始めてみて、蔵という建物の存在感の強さをあらためて感じる。
トタン板でおおわれていた、一見ただの小屋のようだった山本さんちの蔵が、文字通り蔵としての雄姿を取り戻しつつあるのを、近所の人達が脅威の目で見ていくそうな。

再生という言葉を強く意識する。
「普請と再生」の関係を考えさせられる。
特に山本さんの蔵の工事には、この関係を意識させられます。

山本さん自身が大病を患っていながら、蔵の工事に取り掛かったということ。
一つの驚きでもありました。
その決断を聞いたときに、ぱっと光がさしたような気がしたのです。

私は言ったものです。
普請が始まると家の中に活気が出てきますよと。
大工のつち音。

山本さんは、大工のつち音を聞きながらよく眠れるそうです。
蔵の再生とともに、山本さんの生命力の再生も始まっているのかもしれない。

山本さんは、私が新潟から持ってきた柱石にも、強い生命力みたいなものを感じているそうです。
そういえばこの石にも再び命がふきこまれたわけです。

ここで命の再生が始まっている。蔵も石も、そして山本さん自身も。

蔵の2階は山本さんの僧堂となります。

山本さんはそこで「命」と向かい合うのだろうか。

蔵の石蔵2  
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2005年12月24日

床暖の施工

614be4ba.JPG床暖房に無垢の床板は難しいでしょうとよく言われる。
その度にいえ大丈夫ですよ、と私は答え、なぜならばと例を挙げて話をする。

直射日光が当たる縁側の床は、触って熱い位になるが、特にこれといった不具合は出ていませんよと。

でも皆さん不具合が出てるんですよね。
何故か。
床板を梱包から解いてそのまま貼ってしまうからです。

いくら乾燥材だよと言っても、いくらか湿気を含んでいるんです。
芯は乾燥しているから、ちょっと風に当てて、表面に含まれた湿気を飛ばしてあげるだけでいいんです。

直射日光が当たって、触れないくらいに熱くなる縁側に比べたら、床暖の熱なんか知れたもんです。

ということで、今あらためて実践してお見せします。

自信を持って国産の当たり前の材料で、床暖を施工してください。

でも寒冷地でなければ、無垢の板に触れる生活には、床暖は必要ないようですけどね。
床暖2  
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2005年12月11日

建築は文化だよ。

建築は文化だよ。
外国人に見せても恥ずかしくない家を、君は作っているかい?と聞かれて、
はい、と胸をはって答えられる建築屋がはたして何人いるか。

菊池にいた頃から僕はずっと言い続けてきて、いまだにやまらない。
死ぬまでやまらないだろう、それは真実だから。

今日大磯で地鎮祭があった。
施主の高橋さんは、イギリスの田舎町で長期間ホームステイした経験を持つ。

だから今日の日本の住宅の在り様に大きな危機感を感じている。
だから雨楽の思想に共鳴してくれたんだと思う。

その高橋さんの現場をお任せする大工さんは、加藤美建を率いる加藤さん。
加藤さんも言う、建築は文化だよと。

住まう人と設計する人間と、作る人間の価値観が一致するとき、初めていい建築が生まれるのかもしれない。

  
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建築は文化だよ。

建築は文化だよ。
外国人に見せても恥ずかしくない家を、君は作っているかい?と聞かれて、
はい、と胸をはって答えられる建築屋がはたして何人いるか。

菊池にいた頃から僕はずっと言い続けてきて、いまだにやまらない。
死ぬまでやまらないだろう、それは真実だから。

今日大磯で地鎮祭があった。
施主の高橋さんは、イギリスの田舎町で長期間ホームステイした経験を持つ。

だから今日の日本の住宅の在り様に大きな危機感を感じている。
だから雨楽の思想に共鳴してくれたんだと思う。

その高橋さんの現場をお任せする大工さんは、加藤美建を率いる加藤さん。
加藤さんも言う、建築は文化だよと。

住まう人と設計する人間と、作る人間の価値観が一致するとき、初めていい建築が生まれるのかもしれない。

  
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2005年12月10日

想像してごらんよ

「想像してごらんよ。きっと実現できるよ」

なんて言っても、君は想像することが、そもそも出来ないんだね。
建築技術者の想像力の欠如。

そう言えば、いるよねそういう人が。

それは無理でしょう。
やったことがないです。
難しいでしょう。

簡単に言うなよ。したり顔をして。よく検討もしないうちに。

僕が直感的に出来ると思ったんだ。
出来るに決まっているじゃあねえか。

こういう言葉を吐く人間を、会社に飼っていてはだめだな。


アネハはでも別の想像力はあったんだな。

鉄筋量?それは減らせるでしょう。
コンクリート量?それも減らせるでしょう。

でもそれが、どういうことを招くのか、彼は想像できなかったか。

だから建築屋は言われるんだ。
建築馬鹿。
世間知らず。

僕は思う。
建築はそもそも理数系ではなく、文学そのものだって。

文学的想像力が働かない人間には、建築は無理だな。


あなたは何で哲学を学ぼうとしたのですか?
と聞かれて、僕は答えた。

「建築には、哲学が必要なのです」


自分が建築馬鹿で、世間知らずだということを、自覚できない建築屋はだめだな。

でも世間知らずだからこういう言葉が出てくるのかもしれない。

「想像してごらんよ。きっと実現できるよ」

ジョンレノンもきっと世間知らずだったんだろうな。

夜中の高速道路をぶっ飛ばしながら、イマジンを聞いた。
よれよれになって家にたどり着いてこれを書いている。
だから、適当に読み飛ばしてください。
  
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2005年12月06日

間野さんの上棟

f6f0353a.JPG
11月30日 小千谷の間野邸の上棟式があった。
この日小千谷には初雪が降った。
身が引き締まる厳かな上棟式だった。
みんなの思いが伝わってくる。
フラワーホームのスタッフとともに想いを新たにした一日だった。

間野家の再生  小千谷から鯉の文化を

震災で大破した家。
大破したけれど決して倒れることなく、家人を守ってくれた。
この家を建てた、お父さんが守ってくれたのかもしれない。

たくさんの想いが込められた家を、後にするのは辛いけれど、
立ち上がり、新しい一歩を踏み出すために、新しい家を造る。


鯉の棲む美しい日本庭園は、日本の文化。
その鯉を生みだす、卓抜の技を持つ間野家。

新生 間野家は、その家業にふさわしい、洗練された数奇屋のフォルムを持つ。
京都に通じる、街道筋の町家の風情をあわせ持つ。
しかも新鮮でもあり、力強さも感じる。
そんな家が、間野家の人達にはとても似合うだろう。


小千谷の街から、鯉づくりを通じて日本の文化を発信する。
その拠点としての、間野家の存在はおおきい。

鯉の文化を、日本だけでなく世界に、未来に発信する間野家。

その普請に関われる事は誇りでもあり、関わった者の大きな財産になるだろう。

間野家とともに、我々にもまた新しい境地が開かれているような、そんな想いがして心が弾みます。


間野家の普請 着工式に寄せて
17年11月15日
若山建築事務所 若山誠治
間野家2間野家3  
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2005年11月25日

残るもの 

a8984ddc.jpg地持院の風景。
博道和尚の、毎日の作務で磨かれていく景色。
次の世代に、残されていくことを想定されて造られるもの。

私が、お客様をよくこのお寺にお連れするのは、
あなたがこれから造ろうとする家も、同じ想いで造られるのだ、というメッセージを伝えたいからだ。

先日、能の師匠から夜、電話を頂いた。
また能楽堂に触れる機会があるかもしれない。
早速、伊東の加藤さんに都合を聞いて見る。
二つ返事だ。忙しい身なのに。

想いがすぐ伝わる。数奇屋建築の私の師匠。

末永く残って、多くの人達の目に触れて、愛される建物の工事に携われることの喜び。
これが建築に携わる者の喜びだ。
決して楽な仕事ではなく、逃げも隠れも出来ないものを、多くの人の目にさらすことの厳しさは、それを意識した人間でなければわからない。

それが建築だ。そこには ものの大小とか、金額の大小は関係ない。
大小関係なく、それぞれ完結した姿がある訳で、何時だって建築屋は、それを追及しなければならない。
言い訳はできない。

でも今日日のニュースを見聞きすると、どうも違う考えで建築に携わっている人間が増えているらしい。

20年、30年で消えていく、単なる耐久消費財。
売れた売れないで評価される、単なる商品。
金儲けの一手段として、建物を売る、造る。

確かにそうだ。そのへんに違和感を覚えて、会社を出たんだった自分は。


  
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2005年11月16日

もう一つの石 見つけた

もうひとつの石1

新潟から、実はもう一つ柱石を持ってきていた。
それを今日お見せします。

これも捨てられた石の中にあったのです。

私に見つけられることをじっと待っていたかのように、
この石は石の山の中で、ほんのちょっと、職人の手仕事の名残を、のぞかせていたのでした。

あ、ここにもあった。と私は、石で指を挟んで、血を出しながらこれを取り出したのでした。

この石は、柱と同じ断面に加工してある。
木の柱が途中から石に変わっているという、実にさりげない柱石です。

私は、現在の現場でも時々、この簡易的であって、理にかなったこの納まりを採用する。
この石見つけたときには、昔からの友達に合ったような気がした。

いいよねえ。地面に埋まるところは実際にどうでもいいわけで、実に理にかなっているのです。

石はやっぱりノミで切るにかぎるね。
もうひとつの石2  
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2005年11月12日

十字架みたいだねこの石

石1

山本さんのところに石を持っていった。


これって、十字架みたいだね。と山本さんが言ったので、僕は、えっと思った。

僕も、確かにそんな気もしてたので、十字架に特別な思い入れのある人には、軽々に見せられないなとは思っていた。

山本さんがそういう人で、こういう石を使うわけにはいかないとか、言われてしまうのかなと思ったが、そうではないようだ。

ただそう見える。

ほぞは十字に切ったほうが、機能的に確かにいい。
それに水抜きの道をしっかりつけると、十字架のような切込みになるのは、ある意味必然と言っていい。

これは、柱石としての機能を追及した結果、たどり着いた形なのです。

だから、美しい。
こうして写真にとってみると、きれいだ。
このまま庭に、オブジェとして置いてあってもいいな、と思ったくらいだ。

きちんとした柱石としての形を、整形してないのがいいんだね。
荒々しくて、でもやってることは繊細。

なに言ってんだよ。ただの石じゃないか、と言われてしまえばそれだけの事なのですが、
いろんなことに思いがめぐる石なのです、これが。

石2石3  
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2005年11月09日

とにかく日本の木を使う

日本の森1

日本で使われる木材の80%は外国の木だ。


温暖化が大きな問題になったり、京都議定書が話題になったり、自然との共生、森林の手入れの大切さなど、常に森林資源の活用が大切で、
ある意味、これからの日本の未来を、大きく左右するような事柄であるのにかかわらず、相変わらず大手ハウスメーカー、プレハブメーカー、そして町の工務店大工までも、とにかく日本の家は日本の木で造るんだと言う機運が見えない。

なにやってんだよ。
自分達の商売の利益ばっかり考えて、日本の将来とか、地球環境とか考えたこと無いのかよ。

日本の家は日本の木で造る。
こんな当たり前で、こんなに大切なことが、何でないがしろにされているんだよ。

日本の木が安価で出回っています。
外材と比べても決して高くない。

おまけに外材は、日本の工事現場にたどり着くまでに、いったいどれだけの貴重なエネルギーを使って来ているか。考えたほうがいい。
日本の市場では値段は安いかもしれないが、実は地球規模で考えると、とんでもなく高価だと言っていい。地球に大きなダメージを与えているのです。

とにかく日本の木で家を造ること。それが大切。

まだまだ木の産地のブランドを作るなんて考えてはだめですよ。
まず、広く日本の木を普及させること。それが大切。
ブランド化はその次です。

木の家の裾野を広げて行きましょう。

少しでも、付加価値をつけてという気持ちはすごく大切だけれど、今のところ木の家の裾野あたりでは、材木の産地を云々する人達は皆無に等しい。

裾野を広げることがとにかく一番大切なときに、変な競争はして欲しくない。
だめな木なんて一本も無いよ。だめにするのは、うまく使えない人間だ。

森林証明制度もいいけど、じゃあ証明されない木はダメなのかい?

木の良し悪しを勝手な基準で決めて、木の市場をせばめてきたことは記憶にまだ新しいはずなのに、また同じ失敗をするつもりなのかな。

日本の自然林は美しい。ほっておいても美しく豊かなこの森を、ばったばったと切り倒し、根こそぎチップにしておいて、後から植えた杉桧に責任が取れないのも困りものだ。

根こそぎチップにするのは国策だったんだから、その後の始末も国策でなんとかするべきだと私は思う。

木の家の裾野を広げる努力を、日本のあちこちでしている人間がいることを、より多くの人達に知って欲しい。

住まいは文化だと言う前に、木を供給するというその原点がゆらいでいる。

日本の森2日本の森3  
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2005年11月06日

見事な沓石 雨楽な心を拾った

沓石1

新潟の現場から石を拾ってきた。
以前解体現場から運んできた石の中に、沓石が混じっているのを見つけておいた。

いつか持って帰るからと監督さんにいっておいたものです。

明確な意思の元に、のみで切られたこの石。見事です。

柱のほぞが腐らないように、水が抜けるように配慮してある。
当たり前と言えば当たり前なのだが、これを石の山の中から見つけ出したときには、心が躍った。

この石を介して、会ったことの無い、そしてもうこの世にいないであろう、これを刻んだ一人の職人と、お互いの意思が通じ合ったかのような思いがした。

打ち捨ててはいけない大切なものと、私は感じた。

もう暗くなってから、監督の桑原さんに現場に案内してもらって、小杉君にも手伝ってもらって、TTのトランクに石を積み込んだ。
まさか、TTも石を運ばされるとは思わなかったろう。

この石は山本さんちの、蔵の改修工事に使います。
蔵の下屋の柱石が一つ、どうしても見つからないのです。
役に立って石も本望だろうし、石を刻んだ職人の思いも生かされる。

新潟のフラワーホームの解体現場に打ち捨てられていた石が、静岡県富士市の蔵の再生工事に再び生かされようとしている。

不思議だね。

という訳で、山本さん。この石、蔵の工事に使いますよ。  
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2005年10月28日

合掌の村追記 

合掌の村6

合掌の村の見事な倉庫。
豪雪に耐える貫工法。
先人たちの見事な仕事。



合掌の村7 合掌の村8






構造は美しい。
雨楽の美意識の原点がここにある。
名も無き倉庫の美しさ。

だいぶ前にTさんと東北のワイン蔵をまわって、ついでに立ち寄ったときには、こういう倉庫を見る時間がなかったけれど、今回は良く見ることが出来ました。

合掌の村9合掌の村10






この足元なんか、じっと見ていると、柱を石にひかっている職人の背中が見えてくるような気がするのです。

ありありと目に浮かぶんです。
名も無き職人の背中が。

こういう仕事を残せる人達に、子供の頃あこがれていた事を思い出します。
そして、それは今でも、なにも変わっていないことを知ります。
  
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2005年09月30日

日本建築専門学校

日本建築専門学校1

今年も学園祭に行って来た。

子供達も連れて行くと、学生が作った木製のおもちゃが売られていたりしていて、楽しみの一つです。

例年のごとく、耐力壁ジャパンカップが行われていて、知った顔がたくさんいてそれも楽しみ。

時々仕事を手伝ってくれるN君が、笑顔で忙しそうにしていた。

耐力壁を競うことには、そんなに意味がないようにも僕は思うのですが、これはこれでイベントとしては面白いか。

日本建築専門学校2日本建築専門学校3






とにかく、ものづくりを志す若者が生き生きとしている姿を見るのは気分がいい。
日本もまんざら捨てたもんじゃないぞといつも思う。

菊池安治のこころざしを今頃になって尊く思うのです。

日本建築専門学校4
これは、学生の作。ひとつ200円でした。木の知恵の輪。  
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2005年09月11日

森のすみか

森のすみか

岐阜の本庄工業の森のすみかに久しぶりに行ってきた。
年月がたち、イベントなどで使い込まれ、いい雰囲気になっていました。
本物です。

雨楽な家ではなく、別の、本庄工業の独自の家を造ろうということで出来上がったのが、森のすみかだった。

新しい家も案内してもらった。素晴らしいプロポーション。
当初の森のすみかの矩計りが、ほぼそのまま使われていて、感動しました。
私も、原点に帰ったような、新鮮な気持ちになりました。

川原町の鮎も美味しかったし、建物もよかったし、元気な本庄さんたちの顔も見ることが出来て、昨日はいい日だった。

名古屋に建てるS邸楽しみです。  
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2005年09月04日

信仰

竜ヶ窪

津南町の竜ヶ窪。

1万7千年前から竜神伝説が存在するという、恐るべき、美しい湧水の池。
近くには、竜神を祭る神社も在り、水はとてつもなく冷たく、うまい。

大昔にこの池を見つけた人達が、大いなる大自然に神を感じたのも無理はない。
たぶん同じ感覚を、今の我々も感じているに違いない。

竜神恐るべし。

日本人の信仰の対象は、大自然です。
だから大自然の一部のように造られた、古い民家や、社寺仏閣の建築そのものが、信仰の対象になる訳が、理解できるような気がするのです。

古い民家の中には、様々な神が存在している。

おまえの造る家は文化になりえるか?
という問いかけを、僕はずっと自分自身にしてきたが、

おまえの造る家は、信仰の対象になりえるか?
という問いかけが、最近くわわった。

えらいことです。


ところで、キリストばかり信じているブッシュは、どうやらアラーの神の逆鱗に触れたようです。

今度のアメリカの大災害は、イラクから兵を引くひとつのきっかけになるだろう。

アメリカは戦争やってる場合じゃないよね。


豊かな大自然に、神を見ることが出来る日本人は、ほんとに幸せです。

大自然に対して謙虚に、万物に感謝して生きよう。  
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2005年08月24日

雨楽ファン

諸戸チラシ

諸戸アイサンの上岡さんは、雨楽な家をたくさん造っている。
以前、雨楽な家を建てていただいたお客様が、集まって一杯やっているんだよ、と電話を貰ったことがあった。酔って。

雨楽な家のファンクラブを上岡さんはつくりあげた。
新しいお客さんが現れると、みんなが応援してくれるという。
営業はお客様がやってくれるんです、と上岡さんは笑っている。

新しい雨楽な家が出来ると、見学会はまるで雨楽な家OB会のようになるという。

工務店の社長みんながやりたいと思っていて、なかなか出来ないことを、上岡さんはやっている。

雨楽な家は単なる商品名ではなく、家造りの思想だということ、生き方のスタイルだということを、上岡さんは心得ていて、それをお客様に伝えてくれている。

価値観を共有できる人達は、最初から胸襟を開いたお付き合いが出来るという。だから雨楽な家のお客様同士は、すぐに仲良くなるんだという。

雨楽な家を考え出してくれてありがとう、と上岡さんは僕に言う。
お礼を言わなきゃいけないのは僕のほうです。僕はどれだけあなたに力づけられていることか。

それで、おとつい桑名にお邪魔した時に、このチラシを貰ったのです。見学会のチラシをお客様が作ってくれるんだそうです。

今、諸戸アイサンでは、新しいモデルハウスを造っています。
雨楽な家は、人生の達人が住む、数奇屋建築にまでつながっているんですよと、僕は最初から言い続けているけど、まさに諸戸アイサンはそれをやろうとしている。
これからの家造りの方向性を先取りしていますので、楽しみです。

本物の家造りは、値段の大小ではないよと、僕は言い続けているけど、言い換えると、それは値段の大小関係なく、本物の家は出来るんですよということです。

少ない予算にも、贅沢な予算にもきっちりと応えられる、設計力と技術力を持つこと。

予算が無くて、雨楽な家のような建物は無理だとあきらめている人も、よく話し合って、賢い割り切り方が出来れば、思いがけないいい家が出来ますよ。あきらめないで。

それから、ローコスト住宅に張り合って、棟数ばかり追いかけるようになってしまった工務店は、今後たいへんでしょうね。
贅沢に予算を使って、満足できる家を建てたいという人達が、これから多く現れるでしょうから、その時に、その要求に応えられる提案ができ、技術を発揮できるかどうか。

その前に、その人達に、声を掛けてもらえるような工務店でいられるかどうか。今からでも遅くない。自分達の作る建物に磨きを掛けていくこと忘れてはいけないと思いますよ。

もう一度言っておく、それは値段の大小には関係ないよ。

知恵と技術と感性を、常に磨き続けること。


9月に、宏道流の家元にくっついて、万博の迎賓館に花を活けるお手伝いに行ってきます。それぞれの高みに導いてくれる先生に、恵まれていることいつも感じて、ありがたいと思っています。
  
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2005年08月19日

驚きました柔構造

 16日に宮城で震度6の地震があって、プールの天井が落ちたりする被害が出ています。
 私のところでも、壁に掛けてあったカレンダーが不自然に揺れていたと、そういえばという感じでうちの女房が話していました。
 幸い死者が出るような被害は無かったけれど、けがをされた方は多数いらっしゃる。お見舞い申し上げます。

 ところで、驚いたのは、その日のニュースで流された、東京の高層ビルの、大きく揺れている建物内部の映像です。
以前から危惧されていた東京の超高層ビルの地震被害の有様がまさにそこに映し出されていました。
 幸い東京では大きな揺れではなかったので、今回被害といえることは無かったのですが、大地震がきたらどうなるか。ちょっとぞっとする映像でした。

 軟弱地盤に建てられた柔構造の建築は、実は揺れを増幅してしまうのではなかろうかという危惧が、どうも現実味を帯びてきた。
 実際東京は地面はそんなに揺れていなかったのに、高層ビルにいた人達は立っていられないほど揺れたという。テレビ映像では確かに大きく揺れていた。

 大地震が来ても、超高層ビルは倒壊することは決してないと言われているが、上層階にいる人達は、地震の衝撃で跳ね飛ばされ、備品などによって大怪我する可能性がある。

 空間の安全性は確保できていないということ、認識しておくべきです。
 会社の中枢がもし超高層の見晴らしのよい上のほうにある企業は、直ちに少なくとも4、5階ぐらいに下ろしたほうがいいと思います。

 その後新聞ではこの件についてはまったく報道されていませんが、いずれきちんとした記事が書かれると思いますので、気をつけて見ていましょう。

  
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