宝生流の水道橋能楽堂。
舞台に傷がついてしまったので、一度みてくれと要請があったので見に行く。
朝早い能楽堂はしんと静まり返っている。
足袋に履き替えてそっと舞台に上がる。
一瞬身が引き締まる思いがする。
私も何回かここで舞った事がある。
怖いもの知らずということは、いいことなのか恥ずかしい事なのか。
場合によるんでしょうが、今思うとちょっと恥ずかしい。
このキズなんですよ、という説明を受ける。
何としたことか、何も気づかずにこういうキズが付くものなのか。
ちょっとひどいキズとヘコミです。
何か固いものを下に挟んでグリグリと動かしたようなキズ。
しかも一所ではない。ここもあそこも。
舞台にこんなキズが付くということは、どういうことなんだろう。
ここはどんな人でも靴下のままでは上がれない場所。
職人さんたちも、足袋に履き替えると顔つきが変わる。
神聖な場所。
神社の工事と同じなんだと白足袋に履き替えることでみんな理解する。
そういう場所になんでこんなキズが付くんだ。理解できない、、、、、。
ともあれ、キズはわかった。
どうしたらいいんでしょうと言う問いかけに、私は答えた。
キズは板をけずれば消す事はできます。
でもそこだけ色が変わってしまう。
部分的なことならそれでもいいでしょうが、今回はそうは行かない。
かなり大きな色違いが何箇所か出来る。
能舞台として、それは容認できないでしょう。
ならばどうするか。
しばらくほって置けば、新しい白く見えるキズあとがだんだん周りの板と同じ色になってそんなに気にならなくなる。
周りをよく見てください、古いキズはたくさん有るのです。でもそんなに気にならない。
だからそのうち同じように気にならなくなるでしょう。
ただひどいヘコミだけは何とか対処しておく。
今のところそれが最善の方法です。
ひどいへこみは何とかしてみて、次の板の削り直しまでこのままで使いましょう、ということになった。
板の削り直しは以前させて頂いたけれど、本格的にやると大工事なのです。
舞台は、稽古でも使う。
玄人だけでなく素人も使う。
多くの人達が使う場所。
その人たちが全員同じ様な緊張感で、注意深く大切に舞台に上がらなくてはいけない。
こういうキズが付くことは、使う人たちにとってきわめて恥ずべき事。
素人も、それを指導する玄人も、緊張感が足りないのではないかと私は感じた。
キズは使っていれば出来る。
それは当然のこと。
よく見ればあちこちキズだらけなのです。
それはまた当然のこと。
いつまでも新しく、きれいで、無傷であり得るはずはない。
キズもまた年季の内。
よく使い込まれたものには、キズもまたたくさん付いてるはず。
それもまた、味わい。
決してそのものの本物としての価値をおとしめるものではない。
だからそんなに心配しないでもいい。
今時の建物に多用されている新建材とは違うのです。
そのことに対する、認識と理解もだんだん薄れているのかとも感じた。
能舞台いろんなことを僕に教えてくれる。
とりあえず、ヘコミを直す手はずを整えて、修理にまた行きます。